ASEANにとってのTPPの意味│タイ政治/経済
みなさん、こんにちは。アデコタイランドの多田です。
アメリカ大統領選挙も落ち着き、トランプ氏が次期アメリカ大統領になることが決まりました。日本国内でも、トランプ氏とクリントン氏のどちらが良いのかという話題が度々上がります。そもそも、他国の選挙なので日本国民である私がとやかく言う立場にはないのですが、世界に大きな影響を及ぼしうるアメリカ大統領選挙ここタイにおいても一定の興味はあるようなのです。
オバマ政権とから大きく変わる点は、TPPについての取り組みです。タイはTPP加盟に対して交渉には参加していないものの、参加に積極的だと言う発言が政府閣僚から出ています。
さて、本日はそんなTPPについて、ASEANからの目線で考察していきたいと思います。
ASEANとTPPについて
TPPとは、正式名称を環太平洋パートナーシップ協定(Trans-Pacific Partnership)と言い、オーストラリア,ブルネイ,カナダ,チリ,日本,マレーシア,メキシコ,ニュージーランド,ペルー,シンガポール,米国及びベトナムの合計12か国で高い水準の,野心的で,包括的な,バランスの取れた協定を目指し交渉が進められてきた経済連携協定です。2015年10月のアトランタ閣僚会合において,大筋合意に至りました。今後,各国と連携しつつ,協定の早期署名・発効を目指していきます。(日本外務省:http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/tpp/)
TPPに参加をすると言うことは、上記の国々全てと相互にFTA(自由貿易協定:Free Trade Agreement)を結ぶということです。つまり、関税などを無くし双方の貿易を活発にするということです。
現在、ASEANとしては日本・オーストラリア・ニュージーランドとはすでにFTAを結んでいるので、新たに、アメリカ・カナダ・メキシコ・チリ・ペルーとFTAを結ぶこととなります。この中で、最も重要なことは、アメリカとのFTAであることは間違いないです。
アメリカの一人あたりの購買力は高く、且つ人口3億人以上と大きいため、ASEANにとっては非常に魅力的なマーケットなのです。
現実にASEANにある多くの国にとって、下記の表の通りアメリカは重要な輸出先であることが分かります。
次にASEANとTPPを見ていく中で重要な点は、ASEANの中でも参加を決めている国と参加を決めていない国とが分かれていることです。
参加国:ブルネイ・マレーシア・シンガポール・ベトナム
検討中:タイ・フィリピン・インドネシア
不参加:ミャンマー・カンボジア・ラオス
ITI調査研究によると、TPPの発行より下記のような影響が想定されるようです。
少し分かりづらいのですが、TPP参加国に関しては、もちろん参加することによるGDP押上げ効果が記載されていますが、TPP不参加国に関しては不参加のままTPPの効力が発行されるとGDPに悪影響を及ぼすということを意味します。つまり、ここの表からはTPP不参加国が、TPPに参加をした場合の数字がわからないと言うことです。
TPP の輸出と GDP 押上げ効果(2025 年の効果、2007 年が基準)
[table id=22 /]
※(注)TPP は韓国を入れて13カ国として試算している。
※(出所)Peter A. Petri, Michael G. Plummer and Fan Zhai(2012), “The Trans-Pacific Partnership and Asia-Pacific: A Quantitative Assessment”, Peterson Institute for International Economic
ここでASEAN諸国にとってTPPの発行が大事である理由が二つあります。一つ目はTPPに参加している国同士での貿易にはメリットがあり、不参加の国との貿易は実質的にはペナルティが与えられるということ。二つ目は、TPPに参加するということは貿易ルールを始め、国内法などもTPP基準に合わせる必要があるということです。
ここで挙げられている点が、現在AECにおいて懸念されている点であり、AECを分裂させるのではないかと危惧されているポイントです。この重要なポイントについて、説明していきます。
TPPは排他的な経済統合!?
TPPについて、テレビなどで報じられることも多いですが、その中身に関してはほとんど報じられることがありません。「農村にとって大打撃だ」とか、「アメリカの犬になるに等しい」など、報じられていますが・・・・
まず、そもそもTPPのコンセプトはアメリカとEUの間で結ばれているTTIPになります。この際の貿易基準を国際規準にしてしまおうということです。この中の一部が非常にASEAN諸国にとっては重要なものとなります。
大事なこと一つ目が、原産地に関する規則です。貿易品には全て関税番号というものが、その製品の種類によって振り分けられます。例えばオリーブの木に実であれば第7類ですし、オリーブオイルに加工されれば第15類になります。TPPではこれらの関税番号が変化する加工はTPP参加国の中で行われなければならないいうルールがあります。規則の承認が得られれば、低い関税(もしくは関税なし)で販売をすることができますが、原産地規則の遵守が認められなければ、関税を払わなければなりません。つまり、輸出先での価格競争力が落ちてしまうということです。
財務省関税局が発行している資料に分かり易い例があったので、共有させていただきます。
繊維製品の原産地規則は、①紡ぐ、②織る、③縫製の3つの工程を原則TPP締結国内において行われなければならないそうです。
締結国でないタイが締結国であるベトナムから生地を買い、洋服を製造した場合、これはもちろん関税がかかります。もちろん、タイはTPPを締結しませんので・・・
締結国でないカンボジアで作られた糸を、締結国であるベトナムの洋服メーカーが仕入れ、作った洋服を日本に売ったとしても、関税がかかってしまいます。カンボジアはTPPへの締結国ではないので、原産地として該当しないためです。
関税の分だけ日本での販売価格が高くなってしまうので、日本では売れにくくなってしまいますね。では、ベトナムのメーカーは販売価格を下げるためには、カンボジアからの糸の輸入を止めて、TPP締結国のマレーシアから糸を輸入することにします。
これでは、AECの望んでいるASEAN諸国内の貿易が阻害されることとなってしまいます。TPP締結国に出す製品だから、TPP締結国から原材料を輸入すると話になってしまうと、各国において輸出総額が多いアメリカ向けの製品に関する原材料は排他的になり、TPP締結国以外からの原材料の購入は控えられることとなります。
実際には、原産地規則には例外があり、TPP締結国内での製造が付加価値の45%以内であれば、原産品として認められます。ただ、いずれにせよ排他的であり、サプライチェーンの変更は十分にあり得ます。
せっかく、AECとして一つの経済圏としてまとまりを見せ始めたASEANですが、TPPが始まればどのように変化したかわからないところでした。
TPPは国内法に関しても干渉的!?
TPPでは貿易のルールに関して話し合いが持たれます。ただ、TPPは関税についてだけでの議論ではありません。この点が本日重要な二つ目の内容です。
TPPでは締結国に対し関税の撤廃だけでなく、投資の自由化・国有企業の特権緩和・労働条件の遵守を求めています。
投資の自由化とは、国内企業と外資系企業に対し同等の条件を与えなければならないというものです。つまり、特定のビジネスを外国企業に解放しないことや、経営幹部の国籍条項などの撤廃が該当します。
例えばタイで言うならば、現在外資系企業の取得株は50%を超えてはいけないと言うルールがあり、また、会社の代表人も過半数以上がタイ人である必要があります。これらのルールを撤廃しない限りはTPPには参加できないのです。
その他、TPPには労働条件に関する規定も含まれています。つまり、TPP参加国の全てはILO(国際労働機関:International Labour Organization)に定められている原則を遵守しなければならず、これらに基づき、国内の労働法を変える必要も出てくるというわけです。
これらの点がASEAN全ての国の参加を難しくしています。まだまだ国力のない国は他国による経済的支配を招く恐れがあるのです。つまり、外資系企業による国内の私物化ということです。資金力のある外資系企業が経済力のない国に投資の自由化を根拠にあらゆる産業に投資をしていった場合、自国の産業を持たない国は、あっと言う間に経済的な植民地になってしまいます。
アメリカへの貿易輸出で関税を下げられるメリットが非常に大きいのですが、同時に自国への他国の製品が安価に流入してくることにほかなりません。それは、自国企業が競争にさらされることとなり、場合によっては、国内産業の衰退を意味するわけです。それらを考えた時に、前向きになれない理由も十分に理解ができると思います。
ASEANにとっては、TPPはない方が良いのかも?
トランプ氏が大統領になることが決まっただけでなく、アメリカはTPPから抜けることも考えられる中、安心をしている国もあるのではないでしょうか。(タイは喜んでいそうな気もしますが・・・)
TPPとは貿易輸出を拡大するチャンスである反面、国内産業及び国内の政治を大きく変える恐れもあります。すでに投資を呼び込めている国や、国内に強い産業がない国にとっては、TPPは経済成長のチャンスどころか、国内産業の破壊をもたらす可能性があります。さらにASEANにとっては、分裂をもたらす可能性のあった大きな決断だったように思います。
ASEANにとって、ひと段落ついたところで、本日はここまでにしたいと思います。
次回は、RCEPについて書いていきます。AECについて、新しいチャンスを模索していきたいと思います。では、また来週!!
参考:
US- ASEAN Business Council. inc, about TPP: https://www.usasean.org/regions/tpp/about
The Jakarta Post, How TPP can disrupt ASEAN economic integration: http://www.thejakartapost.com/news/2016/01/06/how-tpp-can-disrupt-asean-economic-integration.html
FIT, ASEAN and TPP: http://fit.or.th/asean-and-tpp/
外務省, 環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉: http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/tpp/
内閣官房TPP政策対策本部, 環太平洋パートナーシップ協定(TPP協定)の全章概要: http://www.cas.go.jp/jp/tpp/pdf/2015/13/151105_tpp_zensyougaiyou.pdf
JETRO, ASEANの貿易統計: https://www.jetro.go.jp/world/asia/asean/stat.html
財務省関税局・税関, TPP原産地規則について: http://www.customs.go.jp/yokohama/notice/03tpp-4.pdf
外務省, 環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉概要: http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000022863.pdf
石川 幸一(国際貿易投資研究所 客員研究員), TPPのASEANへの影響: http://www.iti.or.jp/report_32.pdf